東京高等裁判所 昭和24年(ラ)96号 決定
一、当事者
抗告人 石○○郎
相手方 石○○男
二、主 文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
三、理 由
本件抗告理由の要旨は
一、相手方の親権者母石○キ○は相手方に対する第一順位の扶養義務者であるにかかわらず、勤労意欲なく、遊惰に流れ、徒食をこととしているが、もし母キ○において、自主自活の精神をもつて眞面目に働く意思があれば、その若さと健康な体によつて適当な職業に就き相当の収入をうることが可能であるから、その勤労によつて相手方を扶養すべきである。
二、仮に母キ○に相手方を扶養する資力がないとしても、少くとも自身の生活はその収入と、最近とみに裕福になつた実父本○徳○の援助とによつて維持すべきであり、相手方に対する扶養の要否については母キ○の生活費を考慮に容れるべきではない。
そして相手方の主張によれば相手方母子の生活費は一箇月金五千円を要するところ、母キ○は小田原市から生活扶助料として月額千三百四十五円の支給を受けており、且つその手内職によつて一箇月金千二、三百円の収入をえているというのであるから、二人の生活費の不足分は一箇月約金二千五百円に過ぎない。しかもその内の大部分は母キ○の必要費であつて、相手方の必要費はその一小部分であるから、本件扶養の要否については相手方一人の必要費を対象として考察すべきである。
三、相手方は本件が原審に係属中昭和二十四年七月七日抗告人から引渡を受けた日本郵船株式会社株式、大日本麦酒株式会社株式、東洋写眞工業株式会社株式(以下それぞれ日本郵船株、大日本麦酒株、東洋写眞株と略称する)各五十株を所有する外預金四千百円、家屋一棟の内部構造等を所有している筈であつて、日本郵船株は時価一株金六百十円、大日本麦酒株は時価一株金九百円、東洋写眞株は時価一株金六十五円、家屋一棟の内部構造は時価金十万円相当のものであり、その上最近日本郵船株(大日本麦酒株とあるは誤記と認める)には同数の新株の割当があつたから更に日本郵船新株五十株を加えたわけである。そして母キ○の供述するように同年八月中右日本郵船株及び大日本麦酒株を処分したとすれば、当時前者は、新旧株とも高値金千百円、安値金九百十円、後者は高値金七百十円、安値金五百九円であつたから、相手方は現金十二、三万円を入手し、これに前記預金及び昭和二十五年一月中賣却した東洋写眞株の代金約四千円を加算すれば家屋一棟の内部構造(時価、約十万円)を外にしても金十二、三万円以上の現金を所持することとなり、少くともここ三年位は相手方一人の生活を維持するに十分な財産を所有するものというべきであるから、相手方は窮乏しているものということができない。
四、仮に相手方が他人の扶養を受けることを要するものとしても、扶養義務の発生すなわちいかなる場合に扶養を請求する権利が生ずるかについては、新民法には何ら規定するところがないが、旧民法第九百五十九條には扶養の義務は扶養を受くべき者が自己の資産または労務によつて生活することができないときに存すると規定してあり、生活に窮乏している近親を扶養する制度であることは新民法のもとにおいても同様であつて、生活程度に差があれば高い方から低い方にいくらかでも補助すべきであるという趣旨ではない。抗告人は不動産は所有しているが原審判に説示している金百六十万円というような多額なものではなく、しかもその大部分は他人に賃貸中であつて、これを処分しようとしても極度に安値なら格別、現在においてはこれを賣却することも困難の状況にあり、その収入は僅少であつて三男以下の子らの扶養によつてようやくその老後を支えている実情にあるのであるから、相手方に対し毎月金千円宛の扶養をすることは到底不可能である。
五、元来扶養額の算定については要扶養者自身の生活現状と扶養の必要の限度並びにその方法を明確にし、扶養義務者の扶養力を勘案して扶養の程度方法を確定すべきものであるにかかわらず、原審において何ら要扶養者の右事情につき算定基準を明瞭にすることなく、漠然と毎月金千円宛支払え、抗告人の財産を処分して支払わしめることは過当でないと判定したのは失当である。
よつて原審判中抗告人に対し相手方に金銭の支払を命じた部分を取消し、相手方の請求を棄却する旨の裁判を求めるため本件抗告に及んだというにあつて、疏明として疏第一号証(預証)を提出した。
按ずるに
一、相手方が抗告人の長男亡○○郎とその妻であつた本○徳○の二女キ○との間に昭和十六年一月三日出生した長男であることは本件記録編綴の甲第一号証戸籍謄本によつて明らかであるから、相手方の直近の直系血族関係にある母キ○が第一順位において相手方を扶養すべき義務あることはいうまでもない。そして原審証人ヒ○の調書の一部と当審における相手方法定代理人石川キ○審問の結果とによれば、相手方は昭和二十一年六、七月以来母キ○に伴われて抗告人方を出て、母キ○とともに別居生活を営んでおり、右両名の生活には、キ○の実父徳○から毎月補給せられている食糧等(約千五百円)相当を外にして、一箇月金五千円を要するにかかわらず、キ○は小田原市から生活扶助料として月額千三百円の支給を受け、編物の手内職によつて一箇月金千二、三百円の収入をえているに過ぎないので、毎月金二千五百円の不足を生じていることが認められるから、とうてい母キ○の細腕によつては独力で相手方を扶養しえないことが明らかである。抗告人は母キ○が眞面目に働こうとすれば適当の職に就き相当の収入がえられ相手方を扶養することができる旨主張するけれども、キ○において他に適当の職があつて現在以上の収入を受けえられることについては何ら疏明がないから右主張は認めることができない。
二、相手方に対する扶養の要否を判定するには相手方自身の生活費をその対象とすべきであることはいうまでもないところであるが、十歳前後の少年が母の監護のもとに同居生活をしている場合、常に必ずしもその生活費の大部分が母の必要費であるとは認めがたく、仮りにそうであるとしても両者の生活費を截然区別することはきわめて困難のことに属するから、かかる場合には母の全収入を両者の生活費中に組入れたうえ、母子の生活費を一体として勘考すべきものと解するを相当とする。従つてこの点の抗告人の主張は理由がない。
三、前掲相手方法定代理人審問の結果及び本件記録編綴の賣付報告書並びに計算書に徴すれば、相手方が昭和二十四年七月七日抗告人から亡父○郎の遺産である日本郵船新株、大日本麦酒第二新株、東洋写眞株各五十株、神奈川県木材株式会社株式(以下県木材株と略称する)百二十株、金九千円余預入の預金通帳等の引渡を受け、その後右日本郵船株に対し同数の新株の割当があつてこれを入手したこと、同月十六日右株式の内日本郵船新株五十株を金二万八千六百円(手数料差引額、以下同断)、大日本麦酒株五十株を金四万二千八百円で、同月二十七日日本郵船第二新株五十株を金二万八千円で、同年八月三十一日オリエンタル写眞株式会社株八十株を金三千四百四十円で、それぞれ売却して合計金十万二千九百四十円を取得し、なお県木材株をも売却したことが認められ、右売得金に前記預金を合算すれば金十一万二千円余となることが明らかである。しかし相手方母子は昭和二十一年六、七月以来生活費に月額約二千五百円の不足を来たしていること前述のとおりであるから、相手方は相当の負債を生じたことも推知せられ、前掲相手方法定代理人審問の結果によれば本件以外に相手方と抗告人との間に動産、不動産の所有権の帰属等に関して数件の訴訟事件が起きていることが認められるから、右生活費以外に多額の出費のあつたことも窺われ、相手方の入手した前記現金は大かた消費し尽したものと認めざるをえない。なお右相手方法定代理人審問の結果及び本件記録編綴の乙第三号証登記簿謄本によれば、小田原市井細田三百五十三番地所在木造瓦葺平家一棟建坪十坪の内部構造が相手方の所有であることは明らかであるけれども、相手方と抗告人との間に、右家屋そのものの所有権について係争中であることが認められるから、相手方において現在これを処分することもほとんど不可能であるというべきであり、しかも右内部構造が抗告人主張のように金十万円の価額を有することについてもこれを認めるに足りる疏明がない。さすれば相手方は母キ○以外の者の扶養を要するものというべきであるからこの点に関する抗告人の主張もこれを採用することができない。
四、扶養義務の発生については新民法には何らの規定するところがなく、旧民法には抗告人主張のような規定のあつたこと、新民法においても親族的扶養は自己の生活に余裕のある場合に生活に窮乏している近親を扶助する制度であることは何ら旧民法と変りがなく生活程度に差があれば高い方から低い方にいくらからでも、補助すべきであるとの趣旨でないことは抗告人主張のとおりであるが、本件のような場合において父方の祖父が窮乏している孫を扶助すべきであることは国民感情として是認せられているところであるから、扶養者と要扶養者の生活程度を比較考量して社会通念上適当と認められる程度に要扶養者が生活できるよう扶養者においてその扶養義務を尽すべきであることはいうまでもない。そして本件記録編綴の甲第二、三号証の各証明書、甲第五号証鑑定書及び原審証人山○惣○、同山○○吉、同石○ヒ○、同江○ハ○の各調書、原審における抗告人及び相手方法定代理人石○キ○の各審問調書を綜合すれば、抗告人はもと材木商を営み同市井細田における有数の資産家であつたが、戦時中廃業し、現在は畑約二反歩を耕作し後記の土地家屋の賃料と、その三男○郎外二子からの扶助によつて生計を樹てているが、なお田畑十二筆九反歩余、山林四筆一町五反歩余、宅地十三筆九百五十四坪余、家屋九棟建坪二百坪余を所有していることが認められる。従つてたとえ現在の収入は僅少であるとしても他より金融を受けるか、もしくはその不動産の一部を処分しても相手方に対し少くとも昭和二十四年八月から三年間一箇月金千円程度の扶助をするに充分な資力を有するものというべきであるから、この点に関する抗告人の主張も理由がない。
五、なお扶養額の算定については要扶養者自身の生活現状と扶養の必要の限度並びにその方法を明確にし、扶養義務者の扶養力を勘案して扶養の程度方法を判定すべきものであることは抗告人主張のとおりであるが、原審において右の諸点を審按して判定したものであることは原審判書の記載によつてこれを看取しえられるからこの点に関する抗告人の主張もまた採用のかぎりでない。
その他記録を精査するも原審判には何ら違法の点がないから本件抗告はその理由がないものとしてこれを棄却すべきものとする。
よつて民事訴訟法第九十五條、第八十九條を適用して主文のとおり決定する。